2024/09/24 執筆
明治時代を舞台にした作品を書きたいけど、時代考証とかって難しい?
そんな悩みを抱えている方のご参考になればと思い、私が作品を書いたときに調べたことをまとめてみました。
私自身が小説『思色の打掛』を書く際に、明治時代(1868年から1912年)を舞台に書こうと考えました。
とはいえ、私は明治時代の文化に詳しいわけではありませんので、いちいち調べていく必要がありました。
その際に知った「へ~」な事実
例えば洗濯板が日本にやってきたのは明治時代だとか。そういうことをつらつらと書いていこうかと思います。
同じく明治時代の話を書こうと思っている方の、お役に立てたら幸いです。
※筆者は、付け焼き刃で調べた知識をまとめています。鵜呑みにせず、あくまで調べるきっかけとして使っていただけたらと思います。
※筆者は、創作活動は自由であるべきだと考えています。情報に捕らわれることなく、リアリティを足したい時の手助けとして使ってください。
山祝って何?
これは地方によって呼び名が変わるようなのであまり活用できる知識ではないかもしれません。
昔は、旅をするのは命がけ、ましてや山を越えるとなればトンネルはありませんから相当な時間と苦労をしました。また、山には旅人の持っている金銭を狙った山賊も出ますし、猪や野犬、熊など様々な動物に襲われる危険もあり、本当に命がかかっていました。そのため、無事に山を超えられたらお祝いをする、という考えだったようです。
そしてそれが転じて旅先から無事に帰ってきたことを祝う、という意味合いとして使われているようです。
正直、私の住んでいる地域では聞いたことがなかったですし、実際どういった場面で使われるのか分からないのでこの解説が正しいのかは不安なのですが、作中では都会から帰ってきた青年を故郷の人々皆で祝う(かつ、短い里帰りなどではなく、旅から帰ってきて今後は故郷で暮らすという状況)時になにかしら宴会に名前を付けたいと思って使いました。
逆に出ていく場合だと「餞(はなむけ)」とか送別会的な意味合いを含んだ言葉になるのですが、帰ってきた場所でのお祝いの名前は意外と見つかりませんでした。
他にもっと分かりやすい言葉を知っている方がいたら教えていただきたいです。
洗濯物の干し方
洗濯物、今は洗濯機に乾燥機がありますが、昔はどうしていたのでしょうか。
全て手洗いです。干し方についてハンガーではなく物干し竿です(ハンガーが日本に入ってきたのは明治時代ですが、あくまで洋服を干すために使うもの)。
そもそも着物が大半ですから現代のよくある三角形のハンガーでは干しづらいでしょうね(ちなみに今は着物用のハンガーもちゃんとあるみたいです)。袖のところを棒にさして乾かしていたようです。
詳しくは明治時代の浮世絵や再現した画像資料、また少し時代は異なりますが当時の写真なども画像検索で出てくるので見ると分かりやすいと思います。
基本的には、引っかかれば良いわけですから庭の木と木の間に竹とかの長い棒をかけていたのではないでしょうか。
ついでに調べたのですが洗濯そのものについて、洗濯板が入ってきたのは明治時代のようですね。
西洋から日本に洗濯板が持ち込まれたのだそうです。その前は足で踏んだり棒で叩いたりしていたそうです。
桃太郎などのイラストでおばあさんが洗濯板を使っているイメージがあるのでもっと昔からあると思っていたのですが、以外にも日本の洗濯板の歴史は短いんですね。
ちなみに、桃太郎は口伝といって人が語り継ぐことで残ってきたお話なのでいつごろ作られたのかは分からないのですが、江戸時代に絵本として出版されていたのが一番古い記録のようですので、すくなくともその時代は、洗濯板は無かったと思われます。
これも江戸時代の浮世絵などをよく見てみるとタライは使っていますが、洗濯板は見られないのです。
メジャーな飲み物、麦湯
麦湯と書きましたが麦茶のことです。
作品で書く時に現代で使われている名前より少しマイナーな呼び方を書く方が昔の話である感覚が読者に伝わりやすいかと思い、あえてこのような表記にしました。
この時代、すでに緑茶はあるのですが海外への輸出品として有名だったようで、庶民が簡単に手の届くものでは無かったようです。
麦茶は江戸時代から庶民の間に広がっていて、一般的な飲み物でした。
そして、気をつけなければいけないのがお茶をいれる描写です。現代ではティーバッグや、粉を溶かすタイプのものなど色々な手軽に飲めるお茶がありますが、当時の麦茶は麦を炒って、煮て、作っていたのです。
詳しい作り方を知りたい場合は「麦茶 炒る 作り方」で検索すると本格的な麦茶の入れ方を教えてくれている方のサイトがあります。「麦茶 作り方」だけだと、現代の麦茶パックを使った美味しい淹れ方が出てきてしまうので注意が必要です。
実は卓袱台は普及してない
今は卓袱台(ちゃぶ台)がお家にないという方も多いのかもしれません。
テーブルや食卓などの方が、馴染みがあるでしょうか。ちゃぶ台とは足の短いテーブルのことです。アニメ『巨人の星』で父親がちゃぶ台返しをして怒りを表現するシーンが有名です。
(╯°□°)╯︵ ┻━┻ ←これ
このちゃぶ台が広く全国的に使われるようになったのは昭和になってから。巨人の星も昭和の作品です。
明治時代、ちゃぶ台は大都市でのみ使われていました。
完全に日本発祥のものではなく、西洋や中国の文化が混ざって出来た家具だったようです。それまでは別々の御膳で食事をしていました。今でも高級な旅館などでお食事が運ばれる時は使われている小さな四角いお盆に足のついた机ですね。
詳しいちゃぶ台の歴史は
2005「家族団らんの思い出 ちゃぶ台」『広報みしま』第200号
の記事が、三島市郷土資料館のサイトに掲載されていますのでご覧ください。
さて、今回のブログはこの辺で終わりになります。
皆様の、調べ物の役に立てましたか?
参考になった! 実際にどんなふうにこの情報を利用しているか見てみたい! という方はぜひ下記のURLから私の書いた作品をご覧ください。
明治時代の調べ物についてはまだまだ書きたいことがあるのですが、一旦次は中世ヨーロッパに関する記事を書いたのでそちらを掲載することになります。
内容はこんな感じ
気になる方はぜひ。それではまた次の記事で
今回の調べ物で書かれた作品↓(グロテスクな内容が含まれますご注意下さい)
https://kingyokirakira.com/2024/12/12/omoiironoutikake/
その他の筆者の活動をまとめたリットリンク↓
https://lit.link/kingyohirahira
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